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12 Light Proverbs|2017 8月

必死に生きてこそ、その生涯は光を放つ

織田信長(1534年~1582年)は戦国時代から安土桃山時代にかけての武将・戦国大名である。
尾張の守護大名の家老でしかなかった織田家を強大な勢力に育てた人物で、天下統一を目前に部下の明智光秀に暗殺された。

必死に生きてこそ、その生涯は光を放つ

―惰性で生きる人生ではなく、真剣に必死に生きる人生は、素晴らしいものとなり、

光輝くものとなるだろう。―

この格言は信長が自分自身を鼓舞するための言葉でもあり、家臣へ対しての戦への心構えの言葉でもあるように思える。

自身に対しては、苦労や困難のある中でも必死に頑張って生きればこそ称賛に価する素晴らしい人生となるだろうと言い聞かせている言葉でもあり、家臣に対しては、戦には忠義を尽くして全力で臨んで欲しいという気持ちが込められた言葉であろう。

信長は我が身を犠牲にして忠義を尽くした者に対して身分の上下に関係なく最大限の礼を尽くしその功績を称えたと言われている。その例として、信長は、長篠の戦で身分の低い足軽でありながら自分の命を犠牲にして長篠城を落城の危機から救った者には、その勇敢な行為を称え、その忠義心に報いるために立派な墓を建てたという。

この格言は真剣に生きる姿勢の大切さを呼びかけていて、時代を超えて現代の私達にとっても心に響く言葉である。

ところで日本で初めてのライトアップを行ったのが信長であることをご存じだろうか。
1581年7月にある宣教師が母国に帰国する際に信長が催したもので、城下の家などの火や明かりは全て消した中で行われた。

記録によると
―安土城とその近くにある惣見寺に多くの提灯を吊るし、道には松明を持った騎馬の武士達を並べ、入り江には舟を浮かべて一斉に松明を灯した。
城下が一気に明るくなり、それはまるで真昼のような様子だった。その光は琵琶湖の湖面にも映り、言葉では言い表せないほど美しく趣のある光景だった。―

炎に照らされた安土城・惣見寺とその姿が琵琶湖に映った光景は、幻想的で美しく、多くの見物人が出て光のショーを楽しんだとされている。信長は宣教師のもとに訪れ共にこの光景を楽しみ、情愛と歓喜を表して去っていったと記されている。

このライトアップは、当時としては画期的な催しであり、戦に対する厳しく熱い情熱と共に、人情味があり柔軟で豊かな発想力をも持ち得ていた信長ならではのイベントであったと言えるであろう。


 
2015
1月 世に光を
2月 光はあなたを導く
3月 光がある所に陰影がある
4月 光であなたの心を明るく
5月 光には国境がない
6月 光を自由自在に
7月 七色の光達
8月 光は人生と共に
9月 光には個性がある
10月 光は前に進む
11月 光は真実を照らす
12月 未来に繋がる光


2016
1月 光は未来である。
2月 いかなる人にも光がある。
3月 勇気は逆境における光である。
4月 いかなる星にも光あり、
いかなる花にも香りあり

5月 一寸先は光
6月 光は、それがどこから来るかを
考えない人をも照らす。

7月 光が多いところでは、影も強くなる
8月 自分の力の成長が、理想の真実の
光である

9月 理想を掲げる限り、茨の道の先にも
光は見える。

10月 空気と光と友人の愛。
これだけ残っていれば、気を落とすことはない。

11月 闇深ければ、光もまた強し
12月 恋は炎であると同時に光でなければならない


2017
1月 空間の光は心の光
2月 人生あまり難しく考えなさんな。
暗かったら窓を開けろ、光がさしてくる。
3月 光あるうち光の中を歩め
4月 光を胸に、心新たに
5月 勉学は光であり、無学は闇である。
6月 闇は、闇で追い払うことはできない。
光だけがそれを可能にする。

7月 太陽の光と雲ひとつない青空があって、
それを眺めていられるかぎり、どうして悲しく
なれるというの?

8月 必死に生きてこそ、その生涯は光を放つ。
9月 昼の光に、夜の闇の深さが分かるものか。
10月 光の中を一人で歩むよりも、闇の中を
友人と共に歩むほうが良い。
11月 理性は、神が魂に点火した光なり。
12月 お前の光は、今、何処にある。