Architectural Lighting Group


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新しい光

紅葉ライトアップが近年秋の観光に人気である。夕暮れからの空の色変化とのコントラスト、また水面に映る様子が、昼とは異なる幻想的な風景を生み出す。

紅葉を愛でるのは日本独特の文化であるが、それは落葉樹の多さと多様さ、また葉の色を美しく変える寒暖の差によって生まれたと言えるだろう。

一般的に「紅葉」と言われるが、厳密に言えば紅葉とはモミジやカエデのように葉が赤く変化することをいい、イチョウのように黄色くなるのは「黄葉」である。気温が低下し葉への水分の供給がストップすると、葉緑素が壊れ、葉本来の持っている色素が見えるようになる。カロチノイドが多いと黄色くなり、アントシアンが多いと赤くなるが、その発色は元々の木の種類や気候、場所によって少しずつ異なっている。

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ハロウィンの光

北半球では太陽と月の角度により秋分の頃が最も観月に適しているという。いわゆる中秋の名月と呼ばれるのは旧暦八月十五夜で、年によって変動するが9月の終わりから10月にかけてである。十五夜の月を愛でる風習の起源は中国に由来しており、中国、韓国、台湾では中秋節として盛大に祝われる。

日本では中国の祭事が伝わった平安時代の頃から貴族の間で観月の宴や舟遊びが行われたという。月を見上げるのではなく水面に映り揺れる月を舟から楽しみながら歌を詠む舟遊びは、現代から見ても風雅なものに思える。

こうした月を愛でる慣習の一方で、月に魅入られたり月が狂気を生むという話もまた昔から存在する。人体組成の化学成分比の中で水分は60%を占める。月と太陽の天体的な位置関係において生じる 潮汐現象がその水分に少なからず影響を及ぼしているのではないかという説がある。

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希望の光

夜空を彩る花火もまた短いながら空間の照明と言えるのではないだろうか。
諸外国では1月にも記述したように冬をピークに年間を通じて消費されている花火であるが、日本では消費は夏に集中しており、そのほかの季節はあま り需要が無い。
これはかつて納涼開始を祝うとともに水難者の供養や水難事故防止を願うの水神祭をも兼ねた行事「川開き」に使用されていた名残だといわれている。

日本の打ち上げ花火には色の変化や形状に趣向を凝らしたものが多く見られる が、戦に用いる信号弾のようなものが進化した「武家花火」と平面の色や 形を 楽しむ「町人花火」が融合した結果だという。
花火の星は主に色を出す焔色剤、酸素を供給する酸化剤、燃焼を促進する可燃材 の三つの薬剤の混合によってできており、焔色剤の物質や割合によって色合いや明るさが変化する。
明治時代になると、海外から塩素酸カリウム、アルミニウム、マグネシウム、炭 酸ストロンチウム、硝酸バリウムといった多くの薬品が輸入され、それまで出せなかった色を出すことができるようになり、明るさも増した。

江戸時代の川開きで最も規模が大きく有名だったのは両国で、玉屋と鍵屋が両岸に分かれて競って打ち上げる美しい花火に江戸の人々は興じていた。当時屋形船のレンタル代は一艘5両(約40万円)ほどだったというが、川開きを描いた浮世絵には川面に無数の船が浮かんでいるのが見られる。
現在は隅田川花火大会という名前で親しまれており、毎年7月の終わりに開催さ れ、100万人近い人出がある。

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灯籠の光

光は波であるか粒子であるか。それは20世紀に量子力学が確立されるまで科学者達の議論の対象であった。
光は波動性と粒子性の二重性を持っている。波動としての光は光波と呼ばれ、反射、屈折、回折などの現象を起こすのであるが、これらの特徴は様々な大気光学現象においても見ることが出来る。

中でも多くの現象に影響を及ぼすのが光の屈折である。例えば虹は水滴に当たった光が屈折・反射する際に水滴がプリズムの役目を果たし、分光されることで発生する。
水滴ではなく氷晶による光の屈折で起こるのは、太陽や月の周りに白っぽい円が見える現象、暈(かさ/ハロー)である。また彩雲や光冠は虹や暈に似た現象であるが、光の屈折ではなく「回折」で起こる現象である。

こうした大気光学現象は世界各地で日々起こっているが、日本でとりわけ5月に多くみられるのは富山県魚津市の蜃気楼である。
蜃気楼は海水と大気の温度差によって発生した密度の異なる空気中で光が屈折することにより、実際にそこに無い物体が見えるという自然現象である。大気の温度により、出現する蜃気楼は上位蜃気楼、下位蜃気楼、鏡映蜃気楼の3つのパターンに分類される。このうち上位蜃気楼が一般的に認識されている蜃気楼で、ヨーロッパではFata Morgana(アーサー王物語に登場する魔女とされる女性モーガン・ル・フェイのイタリア語読み)という俗称でも呼ばれている。「さまよえるオランダ人」の幽霊船フライング・ダッチマン号も上位蜃気楼だったという説もある。

現在では気象ショーとして楽しまれている蜃気楼であるが、Fata Morganaの名からも想像できるように、自然現象として究明されるまでの長らくの間、あらゆる文化において蜃気楼は神かアヤカシの仕業だと信じられてきた。紀元前100年頃のインドの書物の中には蜃気楼を示す「乾闥婆城(乾闥婆が幻術によって空中につくり出してみせた城)」という記述があり、当時から人々に認識されていたことがわかる。中国の「史記」には「蜃(巨大なハマグリや龍に例えられる想像上の生き物)の吐き出す息によって楼が形づくられる」とあり、これが現在の「蜃気楼」という言葉の元になっているという。

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夜桜の光

3月は春の訪れを祝う祭が世界各地で古くから行われている。
その伝統行事の多くは春分の日を基準としており、真東から登る太陽の光は古来から重要で神聖なものであった。

日本では春分の日を基準に前後3日間を春の彼岸と呼び祖先を祀る。元々は宮中で祖先を祀る日とされていたものが明治時代に「春季皇霊祭」と定められ祝日となったという。
キリスト教の典礼暦であるイースター(復活祭)は「春分の日の後の最初の満月の次の日曜日」で算出され、年によって日付が変わる。
春分の日はイラン暦では元日にあたり、ノウルーズと呼ばれている。ペルシア語で、ナウ(naw)は「新しい」、ルーズ(rūz)は「日」を意味するこの日はゾロアスター教の新年の祝祭に由来するといわれ、古代ササン朝時代から今日まで中央アジアからアフリカまでに及ぶ広い地域で盛大に祝われている。

暦や計算技術の発達した現代でこそ正確な春分を誰もが容易に知ることができるが、古くは建築がその役目を負っていた。
様々な古代建築物に春分・秋分の日に特別な視覚的効果を与える仕掛けが残っている。
例えばイギリスのストーンヘンジ。未だ謎が多い古代遺跡として有名だが、石柱は北東-南西を向いており、春分には特定の石柱の間から朝日が登る配置となっている。
メキシコのククルカン神殿では、春分・秋分に太陽が沈む時、ピラミッドは真西から照らされ階段の西側に蛇の神ククルカンが身をくねらせた姿が現れるようになっている。
またローマのパンテオンでは春分・秋分の日の正午に光は垂直の壁面と丸天井の境にあるコーニス(軒蛇腹)を照らすという。
こうした工夫を凝らした建築は他にも世界各地に残されている。
当時、建築と太陽の光は、巨大なカレンダーでありコンパスであった。

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春節の光

日本の新年は除夜の鐘、そして初日の出で始まる。各地で寒さを堪えながら水平線や山間から登るその年初めての太陽を拝む この風習が一般的に盛んになったのは意外にも明治時代以降だという。

色温度という視点で初日の出を考えてみると、普通の日中の太陽光線は 5000~6000 Kであるのに対し、朝日と夕日はおおむね 2000 K である。色温 度の低い赤系の色は一般的に人の心理に活力や積極性を与え、一方で白い色は純粋さやもう一度リセットするという心理を表すという。時間の経過とともに赤から白に徐々に 変化する朝焼けは、きっと色彩の面から言っても、元旦に新たな気持ちで一年をスタートする前向きな気持ちを後押ししてくれるのだ ろう。

日本で初日の出が拝まれている頃、地球の裏側では花火やイルミネーションとと もに新年を迎えるイベントが時差と共にまるでリレーのように各地で開催されている。早起きして初日の出を拝 む習慣は実は日本特有のもので、広場で仲間とカウントダウンの大合唱をした後は朝寝坊というのが欧米の新年の過ごし方の主流だ。2005年に100周年を迎えた有名なニューヨーク・タイムズスクエアのカウ ントダウンをはじめ、ロンドンやパリでも色とりどりの花火とイルミネーションが大広場を彩り、テレビでもその様子が生中継される。

世界の各地で新年は様々な光とともに様々な形で祝われているのである。

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光の歳時記

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