ソサエティ5.0に向けて – 光との関わり方 明治時代~昭和時代

明治17年日本初の白熱電球が上野高崎間鉄道開通式で点灯された。その後、明治20年に東京電力が開業してから一般家庭に電気が供給されるようになったが白熱電球は高価な外国製品に依存する状態であった。

明治23年に日本で初めての白熱電球が製造され、白熱電球の暮らしや社会における利便性、事業性の認識が高まっていきその後広く普及していった。

昭和元年にはドイツで蛍光灯が発明され、日本では昭和15年に初めて実用化され、翌年、昼光色で15Wと20Wの製品が発売された。蛍光灯はランプ内で発生した紫外線がガラス管内で塗布された蛍光物質を刺激して光る仕組みになっている。昭和12年に発売されると蛍光灯は電球に比べて電気を光に変える時の無駄が少なく、寿命も長いため急速に普及していった。そして建築空間を明るく照明することによりその後の日本の経済成長に大きな影響を与えていったと言える。

日本において蛍光灯は戦時中には発熱量の少ない照明として潜水艦などに利用された。戦後になると昭和23年に蛍光灯の生産を再開し昭和24年には40W の蛍光ランプを完成させた。そして昭和26年には蛍光ランプの明るさを世界的水準にまで上げ、平均寿命も3000時間をマークした。昭和29年には平均寿命がさらに延び7500時間となり、明るさと共に外国主要メーカーに見劣りしない製品となった。

昭和53年になると直管型蛍光灯に加えて電球型蛍光灯、翌年に環型蛍光灯が作られた。日本人の生活に蛍光灯はなくてはならないものとなり、多くの場所で蛍光灯は好んで使用された。

明治時代以降は、照明器具に白熱電球、蛍光灯が出現し、生活が明るく便利で豊かなものになっていった。長い間、室内で燃焼性の灯りを灯すしかなく、煙やすすや臭いに悩まされた生活から電気によるクリーンな照明器具による機能的・健康的で便利な生活が実現したのだ。
しかし蛍光灯を多用することによって日本の照明の光は、白っぽく色温度が高いものが多くなり、明るさのみを追求するような傾向となっていった。