夜桜の光


その国民に最も愛好され、その国の象徴とされる花が「国花」とされる。日本には現在法定の国花はないが、国民に広く親しまれている桜と皇室の紋章である菊が事実上の国花となっている。桜の人気は高く、近年では街路樹に用いられている樹種として2番目に多く、49万本が植えられているという。 植栽として街路樹、公園、庭木、河川敷等さまざまな場所に道や河川に沿って並木として植えられることが多い。空間をデザインする上でも印象的なモチーフとなる樹木である。

古くは桜は稲作を始める時期に咲くため、春を知らせる樹木として暦代わりに植えられていたという。
寒い冬を耐え抜いて花を咲かせるその生命力に溢れた美しさと、花が終わると吹雪のように散る美しさ。エロスとタナトスの両極を内包する桜の美しさは、日本人の持つ生死観にも影響を与えてきた。古くから桜は諸行無常といった感覚に例えられ、はかない人生を投影する対象であった。

平安時代の歌人・西行は桜と月を愛し数多く歌に詠んだ。中でも「願はくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ」が特に知られている。
今ではライトアップにより明るく照らされる夜桜であるが、かつて夜桜を照らすものは淡い月明かりや提灯しかなかった。闇にぼんやりと浮かび上がる程度の明るさで、そこに在るのか無いのか判然としないような、夢幻のような光景であったことは想像に難くない。西行も月夜の幻のような夜桜に想像力を掻き立てられたことだろう。
この歌に詠んだとおり、西行は旧暦二月十六日の春の日に入寂したという。