屈折する光


光は波であるか粒子であるか。それは20世紀に量子力学が確立されるまで科学者達の議論の対象であった。
光は波動性と粒子性の二重性を持っている。波動としての光は光波と呼ばれ、反射、屈折、回折などの現象を起こすのであるが、これらの特徴は様々な大気光学現象においても見ることが出来る。

中でも多くの現象に影響を及ぼすのが光の屈折である。例えば虹は水滴に当たった光が屈折・反射する際に水滴がプリズムの役目を果たし、分光されることで発生する。
水滴ではなく氷晶による光の屈折で起こるのは、太陽や月の周りに白っぽい円が見える現象、暈(かさ/ハロー)である。また彩雲や光冠は虹や暈に似た現象であるが、光の屈折ではなく「回折」で起こる現象である。

こうした大気光学現象は世界各地で日々起こっているが、日本でとりわけ5月に多くみられるのは富山県魚津市の蜃気楼である。
蜃気楼は海水と大気の温度差によって発生した密度の異なる空気中で光が屈折することにより、実際にそこに無い物体が見えるという自然現象である。大気の温度により、出現する蜃気楼は上位蜃気楼、下位蜃気楼、鏡映蜃気楼の3つのパターンに分類される。このうち上位蜃気楼が一般的に認識されている蜃気楼で、ヨーロッパではFata Morgana(アーサー王物語に登場する魔女とされる女性モーガン・ル・フェイのイタリア語読み)という俗称でも呼ばれている。「さまよえるオランダ人」の幽霊船フライング・ダッチマン号も上位蜃気楼だったという説もある。

現在では気象ショーとして楽しまれている蜃気楼であるが、Fata Morganaの名からも想像できるように、自然現象として究明されるまでの長らくの間、あらゆる文化において蜃気楼は神かアヤカシの仕業だと信じられてきた。紀元前100年頃のインドの書物の中には蜃気楼を示す「乾闥婆城(乾闥婆が幻術によって空中につくり出してみせた城)」という記述があり、当時から人々に認識されていたことがわかる。中国の「史記」には「蜃(巨大なハマグリや龍に例えられる想像上の生き物)の吐き出す息によって楼が形づくられる」とあり、これが現在の「蜃気楼」という言葉の元になっているという。