「光り輝くものがすべて金だとは限らない。」

ミゲル・デ・セルバンテス(1547~1616年)は17世紀初めに活躍したスペインの作家。
彼の小説、「ドン・キホーテ」は近代ヨーロッパの文学において人間関係の記述の基礎を作ったとされ世界の多くの作家に影響を与えたと言われている。

セルバンテスはスペインのマドリード近郊で貧しい外科医の子として生まれた。セルバンテスの家族は常に貧困にあえぎ、患者を求めて村々を転々とする生活を送っていた。彼は正規の教育を受けられずにいたが、少年時代から文学に強い興味を示し読書を好んだという。
22歳の時に志願入隊し、1571年レパントの海戦でトルコ軍相手に勇敢に戦うが左手を負傷してしまい、左手が生涯使えない体になってしまう。しかし軍人として生きることを誇りとして再び戦場に戻って戦い、その戦功が認められて彼は一躍有名になり英雄となる。しかしスペインに戻る途中でトルコ小艦隊に遭遇してしまい、捕虜となってしまう。以後5年間アフリカのアルジェで虜囚生活を送ることになる。
しかしそんな不運にあってもセルバンテスの反骨精神、不屈の闘志は衰えを知らなかった。そして何度も脱出を試みたのだった。しかしことごとく失敗し、ようやく解放解放されてスペインに戻った後、期待したような待遇もされず、創作活動も認められずに困窮した生活となってしまう。
生活のためにやむを得ず、食糧徴発員、徴税吏などの職につくしかなかった。さらには1597年には公金を預けていた銀行が倒産したことから責任を問われ、投獄されてしまう。出所した後はいっそう苦しい生活を続けた。

このような苦労を経験しながらセルバンテスは詩・戯曲・小説など様々なジャンルの作品を著したが、そのような中で生まれたのが「ドン・キホーテ」であった。

 光り輝くものがすべて金だとは限らない。

―キラキラと輝くものでも必ずしも金のような貴重なものであるとは限らず、見た目の輝きで本質を見誤らないことが大切である―

この格言はドン・キホーテの中に出てくるものであり、物事の表面の輝きに惑わされずに本質を見るようにすることを示唆している。

ドン・キホーテは自らを伝説の騎士と思い込んだ男が遍歴の旅に出て冒険を繰り広げていくという物語である。主人公が行く先々で人々を巻き込んでは騒動をひきおこしていく姿が滑稽でユーモラスに描かれている。単に面白いだけではなく、自分が信じた「真理」をとにかく大切に守り切ろうとする姿に人間的魅力を感じた人も多かったのではないだろうか。
そして、この小説は内容的には政治や道徳の退廃した時代にあって崇高な理想も現実に衝突して敗れ去ることを風刺したものだった。

ドン・キホーテは人々の心をとらえて大ベストセラーとなったが、セルバンテス本人は初めの原稿料しか得ることが出来ず、相変わらず貧窮した生活を続けるしかなかった。そしてドン・キホーテの後編が刊行された翌年、1616年に69歳の生涯を終えた。

ドン・キホーテの物語にも劣らないほどセルバンテスの生涯は波乱に満ちた人生であったがその人生の苦難を徹底的に笑い飛ばし昇華することでドン・キホーテという作品を生み出した彼の功績は大きいと言えるだろう。

世界で聖書の次に売れている本と言われている「ドン・キホーテ」。
彼の生み出した作品はこれからも多くの人を惹きつける作品としてその存在価値を示し、金にも劣らない光で輝いていくことであろう。