春の光を表す歌




今のように暖房も満足にない時代は、春を待ちわびる心はことのほか強いものだっただろう。今回はそんな古人(いにしえびと)の春の光を詠んだ歌を取り上げて古人の心に触れてみたい。


「今朝のまは光のどかにかすむ日を雪げにかへす春の夕風」
(続新古今和歌集 順徳院)
―今朝のうちは春らしく日の光がのどかにかすんでいたのに冬のように冷たい春の夕風がそれを雪模様にもどしてしまうよ。今にも雪が降りそうな様子に戻してしまうよ―

春の日の光で暖かさを感じてもまだ冬の寒さが残っていることを感じている早春の様子がよく分かる歌である。

「いづる日の同じ光にわたつ海の浪にもけふや春は立つらむ」(俗千載和歌集 前中納言定家)
―昇ってきた太陽の光と同じ光に照らされて海の波にも今日は春が来ただろう―

立春の朝に陸と同じように海も立春を迎えているだろうとユニークな視点で詠んでいる。寒かった冬を越えて暖かい春の光に喜びを感じている気持ちが伺える。

「ひかりのどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ」(古今和歌集の紀友則)
―日の光がこんなにものどかな春の日に、どうして桜の花は落ち着いた心もなくはかなげに散っていってしまうのだろうか―

これは小倉百人一首にも入っている歌で紀友則の詠んだ有名な歌である。
暖かく穏やかな春の光を受けながら美しく咲いている桜の花びらが、はらはらと散る様が目に浮かぶ。桜の美しく華やかな光景と共に、散っていく桜のはかなさも表した美しい歌である。

「春の日も光ごとにやてらすらむ玉ぐしの葉にかくるしらゆふ」(風雅和歌集 神祇 皇太后宮大夫俊成)
―春の太陽も特別な光で照らしているようだ。玉串の葉にかける白木綿(しらゆう)を―

これは春日野大社の例祭である春日祭を歌っている。昔は春日祭が春の訪れを告げる代表的な行事だった。玉串の榊の枝の緑の葉と、そこにかけた白い白木綿 を暖かい春の光が照らしている光景を見て晴れ晴れとした気持ちを感じていることが伺える。

取り上げた歌は、暖かい春の季節の到来を春の光の中に見出して それぞれの心情を重ねて作られている。その底には昔も今も変わらない春を迎える喜びの気持ちが流れている。

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