【四季の光を詠んだ歌】春と桜

身分や老若男女を問わず、古くから日本で楽しまれてきた和歌の文化。心情を直接的な言葉で表さず四季折々の風景になぞらえて詠まれる和歌は、目には見えない心情と目で見ることのできる風景、そのふたつを見事に調和させて「情景」を詠んでいる。
Light+でも過去に何度か光について繊細に表現された和歌について取り上げてきた。今回から、春夏秋冬の4回に渡り「四季の光を詠んだ歌」と題して、和歌に表現される四季によって姿を変える光を味わっていきたい。

久方の光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ
こんなにも陽の光がのどかな春の日に、どうして桜の花は落ち着きなく散っていってしまうのだろうか。

紀友則

この歌は古今和歌集に収録されている紀友則が詠んだ歌で、名歌と名高い歌である。

冬が過ぎ、やっと暖かさが感じられるようになってきた頃。
清らかな青空から降り注ぐやわらかな陽の光。
そんなのどかな春の日に、桜の花びらが舞い散っている。

日本の春らしい美しい風景が目に浮かぶが、心に感じるのは何とも表現し難い無常感や儚さである。桜が散ってしまうことを惜しむ歌は多々あるがその中でもこの歌は春特有の光に触れ、光に満ちた春だからこそ、その穏やかさに反して急ぐようにせわしなく散っていってしまう桜の花に対するもの悲しさをより一層強く感じさせ、その表現し難い心情を見事に詠んでいるのである。

咲いたと思えば瞬く間に散ってしまう桜と共に、春は急ぎ足で過ぎ去ってしまう。眠気を誘うほどの優しく穏やかな陽の光を、この時期に思う存分味わっておきたい。