江戸時代の生活と光10─光の浮世絵師「葛飾応為」


葛飾応為は葛飾北斎の娘である。北斎の助手として活躍し、北斎に「美人画ではかなわない」と言わせたほどの実力を持つ絵師であった。応為については没年など詳しい記録は残っていないが、北斎にも勝るとも劣らない優秀な絵師である。

応為の作品は、北斎の構図を大胆にデフォルメした絵や、当時の平面的な浮世絵の表現とも異なって西洋絵画のように陰影をつけた奥行を感じさせる絵となっている。

応為は美人画に優作を残している。また、光に対する感性が鋭く、光と影を効果的に表現した。作品数は10点程度と少ないが、その画風は素晴らしく特に光と影を描いた作品は高く評価されており、「光の浮世絵師」、「江戸のレンブラント」の異名でも呼ばれている。

「夜桜美人図」は星空を背景とし、桜の木のもとで筆と紙を持って立つ女性、その女性の顔を照らす高い灯籠、足元を照らす低い灯籠で構成されており、明暗法や遠近法、細密描写など応為の優れた技量が感じられる浮世絵である。

ほの暗い闇の中に灯篭の光に照らされた桜の花、女性の顔や手、着物、が美しく浮かび上がり、静かな雰囲気と穏やかな空気感が感じられる魅力ある作品である。特に画面上部に広がって描かれている星空は、星の色を1色ではなく、5種類ほどに分けて描き表しており、応為の光に対する細やかな感受性を強く感じる。

また、「吉原格子先之図」の絵は交錯する光と影で吉原遊郭の夜の様子を描いたものである。江戸時代前までは暗く表現することが珍しかった夜を暗闇として表し、その中に行灯などからの光で浮かび上がる様々な人々の様子が幻想的な美しい風景となっている。

室内では大きな行灯が明るい光を放ち、遊女たちを美しく照らしている。室外では遊女が歩くあとを太夫提灯の光が道を照らし、画面前面では手ぶら提灯の光や掛け行灯の光がぼんやりとあたりを照らしている。

この絵は格子の影が画面下に線状に描かれて画面にリズムを創り出し、光と影が遊女の世界と遊客の世界にある人生の彩を描き出しているようにも感じられる。応為ならではの着眼点と巧みな表現力があってこその作品と言えるのではないだろうか。

従来の浮世絵師が描かなかった光と影の美しい表現は、応為の持つ独自の光への繊細な感受性と細やかな表現力から生まれたもので、江戸時代の光の浮世絵師と呼ばれる所以と言えるだろう。