「光には2つある。ものを照らすあざやかな光と、おおい隠すぎらぎらした光と」

ジェームズ・サーバー(1894年~1961年)はオハイオ州生まれの米国の作家、イラストレーター。

6歳の時に兄が投げたおもちゃの矢が左目に当たり、左目を失明する。新聞記者を経て33歳から雑誌「ニューヨーカー」の編集スタッフとなり、以後30年にわたってエッセイ、スケッチ、短編を発表した。生粋のユーモリストで、その作品は軽妙な文章で綴られ、ユーモアや風刺に溢れている。イラスト作品は、シンプルな線の絵柄が特徴的である。
代表作「ウォルター・ミディの秘密の生活」はこっけいで小心な主人公が、妄想の中では英雄的な行動をとることができるという夢想と現実を、シニカルに、しかし温かく綴った物語である。「虹をつかむ男」という題名で1947年にダニー・ケイ主演で映画化され大ヒットし、2013年には、「LIFE!」としてリメイクされている。

サーバーの晩年は、残っていた右目の視力も衰え、遂にはほとんど視力を失ってしまったという。しかし、薄れゆく視力をおして、彼は66歳で生涯を終えるまで、読む人をくすっと笑わせるような軽妙な文と、温かさを感じるイラストを創作し続けた。

光には2つある。ものを照らすあざやかな光と、おおい隠すぎらぎらした光と。

――光はものを照らす。適切な強さや色でものを照らす光は心地良く、ものをよく見せてくれる光である。しかしぎらぎらとしたグレアの強い光は、見る者にとってまぶしく、ものが良く見えるどころか見ることさえも難しい不快な光である。――

これは物理的な光だけでなく、人が持つ光にも言えるのではないだろうか。
よく光輝いて見える人がいる。目標に向かって努力した成果を得て自信に溢れている人や、使命感に燃えてその使命を果たそうと尽力している人や、血のにじむような努力を経て栄光を手に入れた人など、あたかもその人の内から光が放たれているように見える。
その光は、見る人にも波及して幸せな気持ちにしたり、尊敬の念をおのずと抱く気持ちにさせたり、見る人の内面にまで届く鮮やかな光である。そして人の心まで照らして明るい視界を広げてくれる共感を生む光である。

しかし、自分本位で自己主張のみに彩られた人から放たれる光は、強く、目に眩しく、物を見にくくする光である。内側からではなく、外側から強い光をまとうことで自分を光輝かせようとする。その光は、見る者に不快さを感じさせ、その視界も狭くしてしまう。

幼い頃に左目の視力を失い、後年、右目の視力も悪化してしまったサーバーにとり、物を照らす光は貴重なものであり、微妙な光のありかたにも敏感であったと想像される。光に敏感であった彼であったからこそ光の質に言及するこの格言が生まれたのではないだろうか。

照明計画に関しては必要なところを照らす条件に合った適切な光を、また人間の持つ光に関しては、見る人の心までも照らして明るくするような光を放つ豊かで人徳のある人間性を、それぞれ大切にすることが光本来の素晴らしさを生かすことになるだろう。