「良い評判は炎のようなものだ。燃え上がったときには簡単に維持できるかもしれない。しかし一旦消すと、簡単には再燃しないだろう。」

フランシス・ベーコン(1561~1626)は、イギリスの哲学者、法学者、政治家である。「自然の実験的探究によって得られた知識は、その利用によって人類の進歩に貢献する力となる」ということを方法論として初めてまとめ、近代科学や哲学に大きな影響を与えた。
随筆集や「学問の進歩」「新機関」などを著して学問に対する姿勢を提唱した。
ベーコンは1561年にロンドンで最高官職を務めていた父のもとに生まれた。ケンブリッジ大学に入学後2年で中退し、15歳でロンドンで法律を学んだ後、パリに留学してフランス各地を巡る。18歳の時に父が亡くなり、イギリスにもどり、法廷弁護士の資格を取得する。
その後の政界でのベーコンの活躍は波乱の展開となる。23歳で下院議員に就任したが、32歳の時に議会演説でエリザベス女王の意向に沿わない発言を繰り返して議会を混乱させ、女王の怒りを買ってしまい失脚する。
その後、エリザベス女王が崩御し、ジェームス1世が即位後には再び政界に返り咲き、43歳で王の側近となり、52歳で法務長官に、57歳で大法官(最高裁判所長官)に就任し、貴族院議員に昇格した。
しかし、60歳の時に賄賂に関する告発を受けて2度めの失脚となった。それ以降は、領地で執筆と実験に勤しむ隠遁生活を送り、65歳で実験中に引いた風邪をこじらせてしまいこの世を去る。
良い評判は炎のようなものだ。燃え上がったときには簡単に維持できるかもしれない。しかし一旦消すと、簡単には再燃しないだろう。
――良い評判は炎のように勢いがあってその評価を維持することは容易かもしれない。しかし一度その評判が落ちて消えてしまった炎は再び燃え上がらせることは難しい――
この格言は、ベーコンの実際の体験から生まれた言葉だと思う。政治家としての活躍が認められ称賛されていた立場から2度の失脚を体験し苦労をした彼の人生観が表されているのではないだろうか。
ベーコンの哲学思想の核心は「知は力なり」という言葉に集約される。この言葉は「知」=「科学的な知識」、「力」=「自然をあやつる力」と定義づけられ、科学的な知識をもって様々な実験をすれば、自然の法則を発見することができ、技術によって私たちの生活を豊かにすることができるとの意味を持つ。
そして科学的な知識を得る方法として、「帰納法」を提唱した。個別の事実や観察から一般的な法則を導き出す方法である。
これらの思想はのちの啓蒙思想家に影響を与え、科学技術の発展による社会進歩の考え方の基礎となっている。波乱の人生を生きたベーコンは、科学の進歩に生涯をささげた哲学者としてその功績と名前はこれからも高く賞賛され続けていくことだろう。


