「楽観主義者は何もないところに明かりを見るが、なぜ悲観主義者はいつだってその明かりを吹き消そうとするのだろうか?」

ルネ・デカルト(1596~1650)はフランス生まれの哲学者、数学者、物理学者であり、近世哲学の父とされている。
デカルトはフランスの中部で1596年に生まれた。父親は高等法院の裁判官を務める非世襲貴族であり、母親は裕福な家庭の出身であった。
デカルトは幼い時から高い知性の持ち主で、10歳でラ・フレ―シュ学院に入学し、神学、哲学、数学、自然科学などを学び、特に数学と自然科学に興味があり、自ら実験を行うこともあったといわれている。
1614年にポワティエ大学に進学し、法学を学び、法学士の学位を取得した。卒業後は、各地を旅しながら研究を続けた。32歳になってからはオランダに移住し数学者や哲学者たちと交流し、自身の思想を深めていった。
41歳の時に自身の哲学的探究の成果をまとめた著書「方法序説」を出版する。この本はデカルトの代表作であり、近代哲学の礎を築いた重要な著作とされている。
この中にはすべてのものを徹底的に疑ったうえで、(方法的懐疑)それを考えている自分の存在だけが確かなことであるとして「我思う、故に我あり」という有名な言葉が記されている。
「方法序説」はデカルトの科学書「屈折光学」「気象学」「幾何学」の3部作の序文として書かれたものである。デカルトは哲学だけではなく、自然科学の研究においても数々の研究、実験を行い、その結果を発表している。
「屈折光学」は、光学現象を初めて機械論的に取り扱った書とされている。内容は、1光、2屈折、3眼、4感覚一般、5眼底で形づくられる形像、6視覚、7視覚を補強する手段、8透明な物体が視覚に役立つあらゆる仕方で屈折によって光線の向きを変えるためにもつべき形、9眼鏡、10レンズをカットする仕方、 の10項目について書かれており、図も含めてわかりやすい内容となっている。
54歳の時にスウェーデン女王からの招きに応じてストックホルムにて女王に講義を行ったが、その際に風邪をこじらせ肺炎を併発して急死した。
「楽観主義者は何もないところに明かりを見るが、なぜ悲観主義者はいつだってその明かりを吹き消そうとするのだろうか?」
――楽観主義者は困難に直面して先が見えない場合でも、希望や可能性の明かりの光を信じてポジティブな思考で進むが、悲観主義者は希望や可能性がある場合でも、なぜいつもネガティブに考えてその希望の光を自ら息を吹きかけて消そうとしてしまうのだろうか?――
この格言は、悲観主義者は幸運が訪れた場合でも、懐疑心からそれさえも認識できずにネガティブに捉える現象に疑問を投げかける形となっている。とかく人間は悲観的になりやすい傾向があるが、物事に対して楽観してポジティブな姿勢でいることで今後の展開に希望や可能性を見出だすことができるという、生きていく姿勢について気づきを求める格言となっていると思う。
理性と懐疑を基礎に置いたデカルトの哲学はその後の西洋哲学に革命的な影響を与えた。彼の探究心と革新的な思考は、今なお私たちに新たな視点を示してくれている。
参考
ルネ・デカルト:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%8D%E3%83%BB%E3%83%87%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88


