「星は宇宙のランドマークだ。」


ウィリアム・ハーシェル(1738~1822)は、ドイツ出身のイギリスの天文学者、音楽家、望遠鏡製作者である。天王星発見や800個の二重星(*1)と2500個の星雲・星団の発見など、天文学史上多くの業績を挙げた研究者であり、赤外線放射の発見者でもある。(*2)

ハーシェルは、1738年、ドイツの音楽家の家に生まれた。15歳の時に父親が在籍する近衛連隊の楽団にオーボエ奏者として入団する。ハーシェルは、後にヴァイオリンやオルガンも演奏し、24曲の交響曲や教会音楽などを作曲している。

ハーシェルを天体観測の道に導いたきっかけは、天文学者が執筆した音楽の本を読んだからであった。この本は数学を使用した音楽の解説書だったため、彼の興味を数学へと誘い、さらに同じ学者が執筆した「光学」という本によって、天文学への強い興味を持つことになる。

1773年からは、本格的に天文学に携わり、1775年には自作の反射望遠鏡を作製した。生涯で400台以上の望遠鏡を製作している。1781年には天王星を発見し、その後は天文学の研究に専念するようになった。

1785年には、宇宙は扁平な構造をした星の集団であるとした「ハーシェルの宇宙」と呼ばれる研究を発表した。その研究は、天の川に垂直な大円部分内の天空の星の数を地道に数え上げるという観測手法によるもので、多大な努力なしには達成できないものであった。

1800年には赤外線を発見する。太陽光をプリズムに透過させて虹色に分け、赤色光より長波長側に温度計を設置したところ、温度の上昇が確認された。このことより太陽からは目に見えない光線が到達しており、赤色光の長波長側に光が存在すると結論づけた。

ろうそくの光など他の光に関しても同様の実験を行い、赤外線の存在を確認し、可視光と同じように屈折や反射の法則が適用されることも証明している。また、チオ硫酸ナトリウムを定着剤とする写真技術の発明をし、この技術は1950年頃まで建築、土木などの設計図面の複製用として広く使用された。

ハーシェルは84歳で亡くなったが、長年共に研究していた妹のカロライン・パーシャルが星雲、星団のカタログなどを改訂し、その功績を讃えられた。

星は宇宙のランドマークだ。

――星は宇宙の目印だ。――

「ハーシェルの宇宙」は、長い年月に数えあげた星の数の分布に基づいて宇宙の構造を導き出した研究であるが、この言葉は、その気の遠くなるような観測の日々を支えた彼の星に対する思いを表していると思う。

夜空の星を見上げた時に、地道な星の観察によって宇宙の構造を認識し、人々に知らしめるという偉大な偉業を成し遂げたハーシェルについて思いを馳せてみてはいかがだろうか。




・(1) 二重星:肉眼では1つに見えるが、望遠鏡などで見ると接近して見える2つの星。
・(2)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%AB