「最高級の鋼は、最も熱い炎を通過しなければならない。」


リチャード・ニクソン(1913~1994年)は、アメリカの政治家、第37代大統領。在任期間は1969年から1974年。

ニクソンは1913年にアメリカカリフォルニアの白人農家に生まれた。デューク大学ロースクール修了後、弁護士を経て、1946年に共和党より下院議院に初当選した。

上院議員に転じた後、1953年よりアイゼンハワー政権で副大統領を務めた。1960年の大統領選挙では民主党のジョン・F・ケネディに敗れた。その後1962年には、カリフォルニア州知事選挙に出馬するが落選する。しかし、持前の洞察力と行動力を生かして政界への復活を画策し続けた。そして1968年の大統領選挙で勝利し、第37代大統領に就任する。

ニクソンの外交での功績を挙げると、ベトナム戦争におけるアメリカ軍の撤退、毛沢東、周恩来との会談を果たした中国との国交樹立、ソ連との緊張緩和(デタント)などである。内政でも国内経済の保護主義を断行し、麻薬対策や環境対策の行政機関の設置も行った。

1972年秋の大統領選ではそれまでの実績が高く評価されて再任され、2期目も順調に進むかに思えた。しかし、1972年に発覚したウォーターゲート事件にニクソンの関与が明らかになり、1974年に2期目の任期半ばで辞職することとなる。

辞職後は、健康を害したりしたが、中国とはその歴代の指導者との関係の深さを誇った。そして回顧録を含め、10冊の本を執筆し、そのうちいくつかは全米でベストセラーとなった。

脳卒中とその関連症により81歳で死去した。

最高級の鋼は、最も熱い炎を通過しなければならない。

―強くしなやかな「鋼(はがね)」は、硬くてもろい「銑鉄」を高熱の炉に入れて熱い炎に当てることで生まれるのである。―

ニクソンは、1960年の大統領選で敗れ、1962年のカリフォルニア州知事選でも敗れた。多くのマスコミから「負け犬ニクソン」とまで言われたが、諦めずに再び大統領選に挑戦し、勝利した。

挫折を何度も繰り返しながら、それでも再起して、誰しも認めざるを得ない業績をあげたニクソン。この格言は、最高の政治家を目指して逆境を打破し、目的に向かって強くしなやかに行動した自身の不屈の精神を表象する格言のように受け取れる。

参考:
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A1%E3%83%AA%E3%82%AB%E5%90%88%E8%A1%86%E5%9B%BD