江戸時代の生活と光12─浮世絵に見る光の表現法[月]


浮世絵において光はどのように表現されていたのだろうか。月や星、太陽などを描写した作品から光の表現方法をみてみる。

月を描いた作品では、歌川広重「名所江戸百景 猿わか町よるの景」を取り上げる。

1856年ごろの作品で歌舞伎の芝居小屋が立ち並ぶ猿若町の夜の景色を描いたものだ。当時は芝居は昼に行われ、小屋の雨戸を開閉して自然光を調整して照明としていた。
夜になり芝居が終わって帰る客が歩いているのであろう。グラデーションで描かれた薄い藍色の空に満月が浮かび、そぞろ歩く人達を照らしている。人々が持つ手ぶら提灯の明かり、吊り下げ提灯の明かりなどが描かれ、上部から照らされた時にできる形の影が描かれていることで月の光の明るさを感じ取ることができる。
着物の色を見てみると建物の中の人口的な光に照らされた人の着物の色は青く、月に照らされた人の着物の色は黒や灰色というモノトーンで表されている。この淡い藍色の夜空とモノトーンの人々との対比は、暗い夜の町を照らし出している月の仄かな輝きを表現しようとしたためと言われている。自然の美を観察し続けた広重こそが捉えることができた繊細な月明かりである。
満月を見るとうっすらと横に広がる黒い帯が見える。これは月にかかる雲を表しており、あてなしぼかしという版木を濡らして、その上から絵の具をのせてぼかす技法によってほのかな陰りを見事に表現している。